我が家に刑事さんが訪ねてきた

 結婚して間もなくのことだった。我が家に刑事さんがやってきた。近所の様子を巡回してくださる交番の警察官ではない。警察手帳をもって二人の刑事さんが訪ねてきた。刑事さんなんて『太陽にほえろ』などテレビ番組でしか知らない。なぜ、うちに来るのだろう。答えは、『あなたの持っているワープロがグリコ・森永事件に使われたか可能性がある』だ。
  
 グリコ・森永事件とは、1984年と1985年に、日本の阪神間を舞台に食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件。警察庁広域重要指定114号事件。犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、かい人21面相事件などとも呼ばれる。(ウイキペディア)マスコミに挑戦状を送り付けて警察を中傷する傍ら、次の犯行を予告して社会不安をあおる手口から「劇場犯罪」とも呼ばれた。捜査当局は延べ130万人もの捜査員を投入したが、犯人逮捕に至らなかった。
 
 その脅迫状に使われた文字があなたの所有されている同じワープロで打たれており、その購入者を一人一人、当時のアリバイの確認に回っているのです。と。私は全くをもって関係ないのだが、刑事さんがたずねてきたという事実だけで憂鬱な気がした。それを察してくださったのだろう。刑事さんも「本当にご迷惑をおかけします。でも警察も万が一のことを考慮してしらみつぶしに購入された方を回っているのです。何万台も出荷されている、この個人所有できる普及版のワープロを」と言われた。気の遠くなる話である。日本の治安はこんな地道な仕事から成り立っている。刑事さんも太陽にほえろに出てくるゴリさんやジーパン刑事のような人でなく小学校の教頭先生のような温和な感じの人だった。

 刑事さんは「西宮市に行かれたことはありますか。当時、何をされてました」とか形式的な質問をされた。「あなたは全く関係はありませんよ。一応、確認のため質問させていただきました」と。帰りに「バスを待っている時間がもったいない、地図上では歩いて30分ぐらいで駅につけそうだが道順を知ってませんか」と言われた。結婚したばかりで土地勘はなかったので素直に知りませんと答えた。

 簡易型、普及型ということで犯罪に使われたのだろう。それにしても、どんな顔をして犯人はあのワープロで脅迫文を書いていたのだろう。何だか想像すると気持ちが悪い。