昭和脳、癌とにらめっこ。タクシーGO

 癌という病気はあっという間に体重と体力をすり減らす。夫も3カ月前までしんどいと言いながらも仕事をしていたのに体重は気が付けば10キロ以上痩せて歩くこともしんどくなった。困ったのは通院だ。そんな体で運転をするのは危険だ。かといって私は運転免許を持ってない。こうなればタクシーを使うしかない。

 今まで夫が運転していたし、私も駅に出るまでだいたい自転車、時々バスを使うという状況だったのでタクシーとは無縁だった。さてタクシーを使うとなったとき、すこし困った。タクシーがつかまらないのである。タクシー会社に電話しても予約は早朝や深夜など限られた時間しかだめらしい。それならば、いわゆる流しのタクシーを拾うしかない。バス通りに出て運よく乗れる時もあった。しかし10分ぐらいかかる時もある。本当に途方に暮れてしまった。

 何回かタクシーに乗ったあと、運転手さんに「最近、通院のためにタクシーを使い始めたのだけど電話で予約することもできないし、流しのタクシーもつかまらないし」とぼやいたところ、運転手さんから「いまどき流しのタクシーなんてありませんよ」と言われた。その時、遅ればせながら知ったのがタクシーGOの存在だ。確かにコマーシャルはバンバン流れているし、街なかではよく見かける。でも、自分が使うということにはピンとこなかった。運転手さんに「タクシーGOという便利なシステムがあるのでそれを利用されたらいいですよ」と教えてもらった。「最初にアプリを入れるのは少し面倒だけどそれを子供さんにしてもらったら、あとは簡単にタクシーを呼ぶことができますよ」と。

 早速、子供に頼んだ。夫と私のスマホに。入れてもらって本当に楽になった。アプリを開くと現住所が出てくる。操作は基本2回だけ。電話をかけることを思うとなんと楽なのだろうか。勿論、GOの使用料を100円支払わなければならないけれどこの便利さ、タクシー運転手さんも昔のように走らす事なくそれなりの場所で待機することも可能だろうし、タクシー会社も電話の対応をすることもない。今更ながら便利なシステムだと思う。

昭和脳、癌とにらめっこ。せん妄

せん妄ってなんやねん。それが私の最初の疑問だった。そんな言葉なんて知らん。簡単に

言うと一時的に認知症患者のような症状が出ることだそうだ。夫もそれになってしまった。

 病院から電話。子供が受け取ったから詳しくは知らない。夫が仕事から帰るといって病院から抜け出したらしい。即刻、病院内の精神科の看護師から説明を受けた。高齢者の入院患者によくみられる症状で一時的なものだと言われた。

 それにしても癌という病気は一筋縄にはいかないものだと思った。近所の薬局の薬剤師さんに相談したところ、入院患者にはよくあることだし、という感じ。

 なんだか疲れてしまった。

昭和脳、癌とにらめっこ。医療用麻薬

 医療用麻薬。この言葉には何か恐ろしさを感じる。まず麻薬、快楽を武器に人間をダメにする薬。アヘン戦争を起こしたアヘン。芸能人の使用で取りざたされている覚せい剤。快楽の上に人生を破壊するイメージ。あと、医療用麻薬のモルヒネを投与されるときはすでに末期がんで一日単位で死を待つ状態、そんな感じだ。

 夫の痛みが治らない。最初は一般的な鎮痛剤を処方されていた。でも背中の痛みが取れない。痛くて寝れない。主治医の先生にその由を伝えると。「少し強めの薬をお出しします」と事で他の薬と共に処方していただき、調剤薬局に貰いに行った。

 まず家に帰ってから、近所の薬局に行った。そこではこの薬は特殊な薬で総合病院の近くの薬局にしか置いていない、と言われた。また、戻るか。そして自転車で総合病院まで戻り、その近くの薬局に入った。その時に初めて医療用麻薬という言葉を耳にした。薬剤師さん同士の会話の中である。なんだかヤバい薬かも知れない。そりゃ近くの薬局には置いてないだろうな。薬をもらう時少し緊張した。

 薬剤師さんの説明。強いお薬なので、患者さん以外の人間は絶対に飲まないこと。患者さんも決まった時間、(薬の入った袋には、飲む時間が8時、20時に指定されていた)に飲むこと。万が一、何かの拍子で残ったら必ず、他の人が飲まないように薬局に返すこと。そんな説明を受けた。とにかく、厳重に管理しなければと思った。

 

昭和脳、癌とにらめっこ。がん告知

 色々な検査が終わった。検査結果を聞きに行く。検査結果は癌だった。「肺癌。ステージ3b」先生の説明だと、3bという進行具合は手術をすることは不可能。でも抗がん剤治療や放射線治療によって完治したり癌を抱えながら5年10年、要するに平均寿命やそれ近くまで生き延びる、もしくは癌という病気の特性上、命を落とすこともある。ちなみに部位的には扁平上皮癌に当たる」だいたい病気についてはそんな説明だった。

 癌、しかも手術すればほぼ完治する早期がんでもない。生死、という概念からすれば深刻な宣告である。その割には、その時の空気感は静かなものだった。本人のため息、私も最悪のパターンだなあと思った。でも私も夫もとその場で取り乱すことは無かった。たった3カ月前のことなのにあまり覚えていない。ただテレビドラマみたいなことはない。静かだなと思った。「私も精一杯、治療しますので一緒にがんばりましょう」そんな言葉をかけて頂いた気がする。この「一緒に頑張っていきましょう」は、いつも先生が本人に掛けて下さる言葉でその度に喜んでいる。

 

  余命宣告された訳じゃない。私は癌かも知れないと聞いた時から会社を休んでいた。

 体調不良でずっと仕事を休んでいた夫だが一人で家にいるのが寂しいと言い始める。何かほっとけない気がした。私ももし癌だとしたら余命2カ月ということもある。親戚の場合がそうだった。だとすれば検査結果がでたら、即、入院ということもある。そうすれば一緒にいられる時間も検査結果が出るまでの間だ。そんな結論だった。そんな私にとってはまだ治療する余地があるのだ。そう思った。本人は「最悪の結果だ。一番なりたくない病気にかかったな」と言った。私は「治療すれば完治する、と言ったはったし、それを信じるしかないか」と言った。抗がん剤治療のための入院は4日後。金曜日の受診からの月曜日の入院。先生が最速でこの日とおっしゃった日をお願いした。せっかくだから、早めにお願いします、と私は言ったが、本当はこの気まずい空気から逃げたっかのかもしれない。

昭和脳癌とにらめっこ PET.CT検査

 PET.CT検査ってなんやねん。これが私の第一の疑問である。今まで聞いたこともない。ただ北摂地区に2台しかないそうだから特殊な機械であることは間違いない。受ける当の本人も初めて聞く検査なのでさっぱり分からない。で、私の出番だ。夫はネットで買い物はするのに検索機能を使おうとはしない。分からないことは全て私任せ。 

 「お母さん、これ、どういう意味やねん」この一言で私が調べるというパターンが出来上がっているのである。早速、調べる私。PET・CT検査、検索する。AIによる概要の次に国立国際医療センター病院の記事が出る。一言でいうと「PETとは全身のがんなどを一度に調べることが出来る」機械だそうだ。で、現在ではPETとCTを組み合わせたPET・CT検査が一般的。くすりが集まる様子を撮影するPETと、臓器の形状を撮影するCTを組み合わせ、一度の検査で両方の画像を重ねて表示することができるようになり、診断制度が向上しているとのこと。

 この国立国際医療センター病院の記事、図式もたくさん載ってあり、分かり易く私のようにあまり知らない方には、めちゃくちゃオススメです。

 

 さて、検査当日。私たちはタクシー代をケチるためにモノレール南茨木駅まで車を運転し(さすがにそれ以上の距離を運転するのは体力的に無理そうだった)それから千里中央駅まで出て、それから少路にあるクリニックまでタクシーで。夫は歩くと息切れして、5分歩くのもつらい状況だった。今から思えば、その頃も結構しんどかったのだ。夫は予約時間になると検査に入った。

 簡単な検査の流れとしては、まず医薬品の投与、そして1時間後から30分程度の撮影による検査が始まる、その後のことも考えて2時間と少しぐらいクリニックにいたような気がする。(ここら辺は記憶が定かでない)検査費用は、前から聞いていたが18000円だった。70歳以上の2割負担での金額。3割負担なら3万円近くかかる検査である。なかなか高額である。でもこの検査のない時代(健康保険適用は2010年かららしい)にだった見つけられなかったと思うと今の時代で良かったと思った。

 

昭和脳、癌とにらめっこ

 思い返せば、ほぼ3カ月前の3月5日のことだ。夫が肺炎の症状がなかない。そこで、それ以外の病気の可能性を探るために徹底的に検査をすると主治医の先生から説明を受けた。その時にはあまり癌だという認識はなかった。確かにせき込む、歩くときに息切れをする、などの症状はあったけれどいろいろな人の話を聞いてみても「たぶん肺気腫だろう」との意見が大半だった。煙草も吸っていたし、私もたぶんそうだろうとたかをくくっていた。

 検査の中には、通院している病院では出来ない検査もあった。PET-CTというもの。癌の部位が正確に分かる機械らしい。私たちの住んでいる高槻市を含む大阪府北摂地区ではこの検査のできる病院は二つしかないそうだ。ネットで調べるとこの検査のできる機械のお値段はなんと6億円もするそうな。そりゃ、おいそれと置けないだろうな。で、一つは、高槻市内の病院にあるのだが、あいにく1カ月半も予約が一杯らしい。後の一つは豊中市にあるそうだ。少しげんなりした。豊中か、残念ことに私は運転免許を持っていない。タクシーで行くとしたら、どれだけかかるのか、まずそれが憂鬱だった。でも、主治医の先生に「やはり、豊中まで行ったほうがいいですね」と尋ねたら、「もし癌だった場合、その1か月で進行して治療内容が変わる場合もありますので」との返事が返ってきた。 

 

 行くしかないか、豊中の病院に行く日は予約の空いている一番早い日ということで3月12日になった。それ以外にも検査はある。これが、癌に関してまるで無知、昭和のままの知識のままで止まっている私が、癌患者の家族として癌とにらめっこすることになった、最初の日であった。

 

 

カフェイン断ちを試みて1か月

お題「思い切ってやめてみた事」

最近、巷で流行っているカフェイン断ち始めている。カフェインを断つと体の調子が良くなるというものだ。急激にすると、頭痛などの禁断症状が出るので、少しづつ減らしていくのがコツだそうだ。

まずは、コーヒーからやめることにした。私の場合、目覚めに、カフェオレを一杯飲む。そして、寝るまでにもう一杯ぐらい飲む。それが当たり前のようにしていた。特に、朝はカフェオレから始まる生活を送っていたのでできるだろうか、心配だったが、案外、大丈夫だった。別に、カフェオレを飲まなくとも牛乳を飲めばそれで十分だった。

最初は、牛乳に青汁と砂糖を入れて抹茶ラテ風に飲んでいたが青汁がなくなっても大丈夫だった。朝はカフェオレがなければというのが、実は思い込みだったようだ。

コーヒーの代わりに紅茶を飲むかもとティーパックを買い込んでいたのだが別に使うことはなかった。お茶も十分、麦茶で間に合った。

カフェイン断ちを初めて1か月以上たった。体調は別に変らない。禁断症状も出ず、また体調がよくなったわけでもない。ただ、カフェインの量を減らすとそれに従って甘いものが欲しくなくなった。このカフェイン断ちの効用の中で書かれていたのを読んだ時は半信半疑だったが、ありがたいことに、お菓子の量は減ってきた。まったく、食べないわけではないが、一口食べれば、十分になった。当方、155センチにして62キロの太り気味体型、その原因が明らかに甘いものの食べ過ぎだと、わかっていたから、苦労せずに、甘いものの量を減らせるのはありがたい話だ。

今のところ、一か月で1キロ減と際立った変化はないが、少しづつでも減っているのはありがたいことだ。捕らぬ狸の皮算用だと、半年後には57キロ、標準体重になるはずだ。それも、苦労なしに、と思うと思わず、顔がにやけてくる。

もともと、先月からのコーヒーの大幅値上げで、少し控えようと思い立ち、思い切って、カフェイン断ちを始めたのだ。今のところ、コーヒーを飲みたい気持ちも甘いものを食べたい欲もない。願わくは、このまま続けて健康と標準体型の体を手に入れたいものである。